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高知地方裁判所 平成6年(わ)258号 判決 1997年1月29日

被告人

本店の所在地

高知県幡多郡西土佐村大字用井八四一番地

法人の名称

株式会社西土佐生コン工場

代表者代表取締役

濵田敦夫

被告人

氏名

濵田敦夫

年齢

昭和二九年八月二八日生

本籍及び住居

高知県幡多郡西土佐村大字用井八四一番地

職業

会社役員

検察官

緒方淳

弁護人(被告人両名)南正(主任)

鶴見祐策

主文

被告人株式会社西土地生コン工場を罰金一二〇〇万円に、被告人濵田敦夫を懲役一〇月に処する。

被告人濱田敦夫に対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、被告人株式会社西土佐生コン工場及び被告人濵田敦夫の連帯負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人株式会社西土佐生コン工場(以下「被告会社」という)は、高知県幡多郡西土佐村大字用井八四一番地に本店を置き、生コンクリートの製造販売業等を目的とする資本金一〇〇〇万円の株式会社(平成八年八月八日の組織変更前は、資本金八〇〇万円の有限会社)であり、被告人濵田敦夫(以下、「被告人」という)は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括している者であるが、被告人は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、

第一  別紙1-1の修正損益計算書記載のとおり、昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日までの事業年度における実際の被告会社の所得金額が四四一七万九二七九円であったのに、売り上げの一部を除外し、架空の労務費を計上するなどの行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成二年二月二八日、同県中村市新町四丁目四番地の所轄中村税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一一七九万四四一一円で、これに対する法人税額が三九九万〇四〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙2-1のほ脱額計算書記載のとおり、被告会社の右事業年度の正規の法人税額一七五九万二一〇〇円と右申告税額との差額一三六〇万一七〇〇円を免れ、

第二  別紙1-2の修正損益計算書記載のとおり、平成二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における実際の所得金額が六四〇九万四一六一円であったのに、前同様の不正の行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成三年二月二八日、前記所轄中村税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一〇三一万六六二一円で、これに対する法人税額が三〇五万七五〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙2-2のほ脱額計算書記載のとおり、被告会社の右事業年度の正規の法人税額二四五六万八七〇〇円と右申告税額との差額二一五一万一二〇〇円を免れ、

第三  別紙1-3の修正損益計算書記載のとおり、平成三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における実際の所得金額が四九七二万四〇八四円であったのに、前同様の不正の行為により、その所得の一部を秘匿した上、平成四年二月二八日、前記所轄中村税務署において、同税務署長に対し、右事業年度の所得金額が一八二六万七二六八円で、これに対する法人税額が五七八万九三〇〇円である旨の内容虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙2-3のほ脱額計算書記載のとおり、被告会社の右事業年度の正規の法人税額一七五八万五六〇〇円と右申告税額との差額一一七九万六三〇〇円を免れた。

(証拠の標目)

注・以下において、証拠末尾の括弧内に記載した甲又は乙を付した漢数字は、証拠等関係カード(請求者等検察官)の証拠請求番号を示している。

事実全部について

一  被告人の公判供述

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

一  被告人の

(1)  検察官調書(乙一五)

(2)  質問てん末書一〇通(乙二ないし乙一一)

一  岡村春美の

(1)  検察官調書(甲四一)

(2)  質問てん末書八通(甲三三ないし甲四〇)

一  福留重徳の質問てん末書(甲四七)

一  売上高調査書(甲三)、材料費調査書(甲四)、賞与手当調査書(甲五)、労務費調査書(甲六)、福利厚生費調査書(甲七)、租税公課調査書(甲九)、修繕費調査書(甲一〇)、減価償却費調査書(甲一一)、雑費調査書(甲一二)、事業税調査書(甲一三)、受取利息調査書(甲一四)、雑収入調査書(甲一五)、損金算入利子割額調査書(甲一八)、減価償却超過額の当期認容額調査書(甲一九)

一  電話聴取書(甲六〇)

一  登記簿謄本二通(乙一六、乙一九)

第一の事実について

一  法人税確定申告書(平成六年度押第五六号の1)

第二及び第三の事実について

一  固定資産売却損調査書(甲一六)、固定資産売却益調査書(甲一七)

第二の事実について

一  法人税確定申告書(前記押号の2)

第三の事実について

一  接待交際費調査書(甲八)

一  法人税確定申告書(前記押号の3)

(争点に対する判断)

一  弁護人は、平成五年三月二三日に本件法人税法違法被告事件の犯罪捜査に先立って実施された被告会社に対する税務調査に違法があり、また、右税務調査で収集された資料はそのまま強制調査に違法に流用されたが、これらの違法は、令状主義の精神を没却するような重大な違法であって、本件で、検察官が取調べ請求した甲二ないし甲五一、甲五八、甲五九、乙一ないし乙一五、乙一八の被告会社の脱税を基礎付ける各証拠は、いずれも右違法な税務調査により得られた証拠、あるいは、それから派生した二次的証拠であるから、違法収集証拠として排除されるべきで証拠能力がなく、したがって、被告会社及び被告人はいずれも無罪である旨主張している。

しかし、この点、弁護人の主張にかんがみ、関係各証拠により再度検討しても、右弁護人の違法収集証拠の主張に対する当裁判所の認定、判断は、平成八年九月一八日の第一〇回公判でした証拠決定のとおりであって、右各証拠については、その証拠収集過程において証拠能力を否定するまでの重大な違法はなく、証拠能力を有するものと認めることができ、したがって、弁護人の無罪の主張は採り得ないが、弁護人は、最終弁論において、右証拠決定について証拠法則に抵触する重大な違法がある旨主張しているので、なお、若干補足しておく。

二  まず、弁護人は、右証拠決定において、税務調査に際し、任意調査である旨告げる必要はなかったとした点について、税務職員は、被告会社の事務員岡村春美及び被告人の父濵田稔に強制調査と誤認させる言動をとり、あるいは、強制調査と仮装して、畏怖した状態を利用して証拠資料を提出させるなどしたものであって、そのような状況下で、任意調査である旨の説明をしなかったことが違法であることは明らかである旨主張するが、税務調査を担当した税務職員らの言動に、岡村らの意思を制圧、拘束し、あるいは、強制調査と同視し得る程度に達するまでのものはなかったことは右証拠決定での認定、判断のとおりであり、また、弁護人主張のように、税務職員らが岡村らにことさら強制調査と誤認させるような言動をとったり、強制調査を仮装したと疑わせるまでの証拠もない。

次に、弁護人は、右証拠決定において、被告人の父濵田稔に事実上の諾否権限を認め、被告人が立ち会わずに行われた税務調査を違法とせず、また、税務職員が濵田稔のトイレに同行したことを違法としなかった点を事実に反し、判断に誤りがあるなどとして非難するが、これらの点については、右証拠決定に認定、判断を示したとおりであり、さらに、弁護人は、右証拠決定において、税務職員からバッグを開披するよう求められた際に、「調査に協力しないと、自分たちの心証を悪くして、調査の内容をどうにでもできるから協力するように」と脅迫的なことを言われた旨の岡村春美の供述を信用できないとした点について、濵田稔も同様の供述をしているとして右認定は明らかに間違っているとしているが、濵田稔は、公判廷での供述中で、弁護人の「心証という言葉は使いましたか」という質問に、「心証を害したら大変ですよということも、一回だけじゃなかったので、二回目か三回目には、そういう言葉も使われました」とは答えているものの、税務職員からの脅し文句的な言葉の内容としては、一貫して、協力しないようなら大変なことになる、私たちはどのようなことでもできると言われた旨答え、その内容としては逮捕されるのではないかと考えた旨答えているのであって、岡村の「調査の内容をどうにでもできる」という趣旨の供述とは明らかに異なるのであって、弁護人の指摘は相当でないというべきである。

(法令の適用)

被告会社について

罰条

第一ないし第三の各行為 いずれも法人税法一六四条一項、一五九条一項、二項

併合罪の処理 平成七年法律第九一号附則二条一項本文による改正前の刑法(以下、「旧刑法」という)四五条前段、四八条二項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

被告人について

罰条

第一ないし第三の各行為 いずれも法人税法一五九条一項

刑種の選択 いずれも懲役刑

併合罪の処理 旧刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い第二の罪の刑に加重)

刑の執行猶予 同法二五条一項

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(量刑の理由)

本件は、生コンクリートの製造販売等を目的とする被告会社の代表取締役で、名実ともに業務全般を統括している被告人が、被告会社において、昭和六四年一月から平成三年一二月までの三事業年度に合計一億五七九九万円余の所得をあげながら、うち一億一七六一万円余の所得を秘匿して過少申告し、法人税合計四六九〇万円余を脱税した犯行で、脱税額も決して少なくなく、ほ脱率も約七八・五パーセントと相当高率の事案である。そして、被告人は、経理処理を行っていた事務員に指示をして、税務署に発覚しにくい個人相手の取引や単発的な取引などを選んでその売上を除外し、また、関連会社を利用して架空経費を計上するなどの方法で脱税をしていたもので、その犯行態様は計画的かつ悪質であり、また、被告人の供述によれば、脱税の動機は、被告会社の資金繰りや将来の経営基盤の安定化を図るためというものであるが、そのような資金留保はそもそも納税義務を果たした上で行うべきことはいうまでもないところであり、動機面で特に酌むべき点はなく、被告会社及び被告人の刑事責任は軽くない。

ただ、他方で、被告会社においては、修正申告により、本件ほ脱にかかる法人税本税、重加算税、延滞税を起訴前に納付しているほか、地方税等も既に納付済みであり、本件後、コンピューターの導入により経理処理事務を改善して不正経理を行わない体制の確立にも努めていること、また、被告人においては、脱税自体は認めて、本件を深く反省しており、これまで前科もない生活を営むとともに、一定の社会貢献活動も行ってきたことや、既に相応の社会的制裁を受けていることなど、被告会社及び被告人のために酌むべき事情も少なくない。

そこで、これら諸般の事情を併せ考慮し、被告会社及び被告人をそれぞれ主文掲記の刑に処した上、被告人に対してはその刑の執行を猶予することとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田隆 裁判官 森純子 裁判官 國井恒志)

別紙1-1

修正損益計算書

株式会社 西土佐生コン工場

自 昭和64年1月1日

至 平成元年12月31日

〈省略〉

別紙1-2

修正損益計算書

株式会社 西土佐生コン工場

自 平成2年1月1日

至 平成2年12月31日

〈省略〉

別紙1-3

修正損益計算書

株式会社 西土佐生コン工場

自 平成3年1月1日

至 平成3年12月31日

〈省略〉

別紙2-1

ほ脱額計算書

自 昭和64年1月1日

至 平成元年12月31日

〈省略〉

別紙2-2

ほ脱額計算書

自 平成2年1月1日

至 平成2年12月31日

〈省略〉

別紙2-3

ほ脱額計算書

自 平成3年1月1日

至 平成3年12月31日

〈省略〉

(参考)第10回公判

〈省略〉

検察官請求の証拠等関係カード甲二ないし五一、五八及び乙一ないし一五の各証拠をいずれも証拠として採用し、取り調べることとし、その理由は、次のとおりである。

第一 弁護人は、平成五年三月二三日、本件法人税法違反被告事件の犯罪捜査に先立って実施された被告会社に対する税務調査(以下、「本件税務調査」という。)に違法があり、また、右調査で収集された資料はそのまま強制調査に違法に流用されたが、これらの違法は、令状主義の精神を没却するような重大な違法であって、右各証拠(以下、(本件各証拠」という。)は、いずれも本件税務調査により得られた証拠、あるいは、それから派生した二次的証拠であるから、違法収集証拠として排除されるべきで証拠能力はないと主張している。

第二 そこで、以下、弁護人の主張に沿って検討する。

一 本件税務調査について

1 本件税務調査の必要性について

第三回公判調書中の証人木村和俊及び高芝貴彦の各供述部分によれば、本件税務調査に当たった高松国税局資料調査課所属の税務職員であった右木村らは、過去に被告会社に申告について不正があり、また、会社規模、営業状況に比して申告所得が低調で、その売上げ、仕入れの対比等からも、所得の秘匿があるとの疑いを持ち、被告会社に対する本件税務調査を実施したことが認められ、右木村らは、各証言中で、被告会社の不正申告の疑いを抱いた根拠については、その職務上の理由からか、右の程度以上にこれを明らかにはしていないものの、各証言から推察しうる当時の具体的事情に照らして被告会社の法人税の申告が適正でない合理的疑いが生じていたことは明らかであり、その申告の適否を調査すべき客観的必要性があったと認められるところで、本件税務調査は、法人税法一五三条の質問検査権の前提である「法人税に関する調査について必要があるとき」という要件を充たしていたと認められる。

2 調査理由の開示及び事前通知の必要性について

弁護人は、本件税務調査において、調査理由の開示も事前通知もなされていない違法があると主張する。そして、本件税務調査において、高松国税局担当官から被告会社又はその担当税理士に対して、調査理由の開示や事前通知がなされていないことは、関係各証拠上明らかである。

ところで、質問検査権の行使に当たって、事前通知を行うことは、その励行に努めるとの国税庁の方針も出されており、通常の場合望ましいこととは考えられるが、質問検査権の行使、すなわち、税務調査に際し、その調査の理由ないし根拠を相手方に告げることや、事前に連絡することが法律上要求されているものではなく、そのような告知、連絡がないからといって、直ちに税務調査が違法となるわけではない。そして、法人の経理の実体を確認するためには、事案によっては、調査理由の開示や事前通知をしていてはその目的を達し得ない場合も予想され、具体的事案において、調査理由の開示や事前通知を行うかどうかは、担当の税務職員の合理的裁量による判断に委ねられるものと解される。また、税務調査は、申告納税制度の前提である、納税者と税務官庁との信頼関係を確認するものであることに照らすと、「青色申告書による納税申告」(法人税法一二一条)の場合も同様であり、本件においては、被告会社につき、前期1に認定したとおり、過去の不正申告や当該調査対象の申告についても適正でない疑いが認められた具体的事情があったのであるから、本件税務調査において、調査理由の開示や事前通知をしなかったからといって、権限ある税務職員の合理的裁量の範囲を逸脱したとはいえないと考えられる。

3 任意調査の限界を超えた違法な資料収集との主張について

(一) 本件税務調査実施時の事実経過

前記木村、高芝証言及び第四回公判調書中の証人岡村春美の供述部分、第五回公判調書中の証人濵田稔の供述部分によれば、本件税務調査実施時の事実経過は、概ね、以下のとおりであったと認められる。

平成五年三月二三日、木村、高芝らの高松国税局資料調査課税務職員は、被告会社の事務所に赴き、ドアをノックしてから開けて中へ入ったが、中には女性事務員の岡村春美がひとりでおり、木村らは、身分証明書を提示して、所属と名前、さらに、法人税の調査に来た旨を告げ、特に任意調査である旨の説明はしなかったものの、岡村から強い拒絶はなかった。

その際、被告会社の代表取締役である被告人は不在で、岡村は、木村らに対し、被告人が村会議員として橋の落成式に出席しており、連絡も取れないと説明したが、責任者がいないので調査を別の日にしてほしいという話はしなかったところ、木村らは、岡村に対し、被告人に代わる人はいないかと尋ね、これに対し、岡村が、被告人の実父である「会長」(濵田稔、以下「稔」という。)ならいると答え、木村らは、商業登記簿謄本で確認するまではしていなかったが、被告会社の法人税確定申告書の記載では、稔は株主で常勤の役員とされていたことから、稔が立会人としての適格を有すると判断し、株式会社西土佐建設の事務所にいた稔のもとへ赴き、身分証明書を示して、所属と名前を告げ、被告会社の法人税調査に来た旨を伝え、立会いの要請をして稔の了承を得た。

そして、木村らは、被告会社の法人税に関する質問は岡村に対して行い、稔にはほとんどしなかったが、岡村は、稔から本件税務調査に協力するように言われて、総勘定元帳をキャビネットから出したり、金庫を開けるなどし、木村らは、金庫の中身を机の上に出すなどして調査を進め、木村らは、岡村の了解を得て岡村の机の検査をしたが、別口の現金出納帳、バッグ、会社の書類があり、岡村に質問すると、二重帳簿の一つということであったので、岡村に、売上金を除外する経理の流れを説明してもらい、調査を進めていく過程で、別口の現金出納帳に記載された現金がないことが判明したため、木村らは、経理担当者である岡村の持ち物のバッグを確認させてくれるよう頼み、当初個人のものだとして拒絶されたものの、繰り返し説得を続けた結果、最終的に岡村があけて中身を出し、現金や通帳が出てきた。なお、木村らは、岡村に対し、被告人の机の中を見せてくれるよう言ったが、稔に本人の不在を理由に断られたので、その日は被告人の机の中を見ておらず、木村らは、本件税務調査に必要な書類をコピー機で謄写して持ち帰った。

また、木村らは、本件税務調査をしている間、稔、岡村及び他の従業員の事務所への出入りは制限していないが、ただ、稔がトイレに行くとき、入り口のところまで税務職員がついていったことがあり、他方、本件税務調査中、岡村も稔も共に調査に対する不満を税務職員に告げなかったし、被告人も、翌日木村に会った際に不満を述べず、ご迷惑をかけて申し訳ないと言っていた。

以上の事実が認められる。

(二) 弁護人の主張する問題点

(1) 室内への立入り方法と任意調査の説明について

弁護人は、税務職員は来意を告げずにいきなり室内に数名で立ち入っており、室内への立入り方法は、著しく隠当を欠き、また、任意調査である旨説明しておらず、違法であると主張する。

しかし、前記(一)に認定したとおり、木村ら税務職員は、ドアをノックして被告会社の事務所内に入り、中にいた事務員の岡村に対して、身分証明書を提示し、所属と名前、さらに、法人税の調査に来た旨も告げているのであって、立入り方法に何ら不当な点はなく、また、法人税調査であることを説明している以上、それ以上の説明をする必要性も認められず、室内への立入り方法や任意調査の説明をしなかったことに違法はないと考えられる。

(2) 立会人について

弁護人は、本件税務調査には、被告会社の代表取締役である被告人が立ち会っておらず、立会人のいない調査を強行した違法があると主張する。

しかし、前記(一)に認定したとおり、本件税務調査には、被告会社の経理担当者である事務員の岡村と、被告人の実父で、被告会社の株主で、かつ、法人税の確定申告書の記載上常勤の役員とされていることが確認された稔の二名が立ち会っており、事務所への立入り、会社の経理関係の帳簿や被告人個人の私物の閲覧等について、当時被告人に代わって事実上の諾否権限を有すると思われる者が立ち会っていたものといえる。しかも、実際にも、被告人の机の中については、稔が検査を拒絶し、木村らは検査していない上、被告人自身、翌日木村に会ったにもかかわらず、自らの不在中に調査が行われたことについて異議を述べたりしていないのであって、これらの事実に鑑みると、被告人が立ち会っていないがために被告会社の利益が不当に害されたとも認められず、代表者である被告人の立会いを欠いたからといって違法とはいえないものと考えられる。

(3) 濵田稔のトイレへの同行について

前記(一)に認定したとおり、稔がトイレに行くとき、入り口のところまで税務職員がついていった事実が認められるが、それ自体、威圧的とは評価できず、稔の意思を制圧するほどのものではなく、右事実により本件税務調査が違法になるものではない。

(4) 被告会社の金庫、机等及び岡村のバッグの開披並びに各書類の閲覧及び謄写について

前記(一)に認定したとおり、被告会社の金庫や机の開披並びに各書類の閲覧及び謄写は、岡村あるいは稔の同意を得て行ったものであって、任意調査の範囲内であり、違法はない。

この点、岡村及び稔は、証言中で、木村らから、調査に協力しないと大変なことになる旨言われたため、逮捕されるのではないかと考えて怖くなり、木村らによる調査に協力した旨も供述しているが、逮捕については木村らが述べたものではなく稔ら自身の解釈に過ぎず、また、前記(一)に認定したとおり、岡村は相当の時間バッグの開披を拒み、稔は被告人の机の検査を明確に拒絶したりもしているのであって、木村らの右言辞により、岡村あるいは稔の意思を拘束し、本件税務調査が実質上強制調査と同視し得る程度に達していたとはいえないと認められる。

また、木村らは、岡村に対して、バッグの中身を見せるよう繰り返し説得したことが認められるが、岡村が経理担当者であること、帳簿上の除外金に相当する現金が金庫の中から見つからなかったなどの当時の調査状況に加えて、岡村のバッグが、ハンドバッグのような私物を入れる形状のものではなく、事務鞄のような外見であること(弁三)に鑑みれば、木村らが岡村のバッグの開披を求めるのは調査方法として当然のことであり、その方法も説得にとどまっているのであるから、岡村のバッグの開披も任意調査の範囲内であり、違法とはいえない。なお、この点、岡村は、税務職員から「調査に協力しないと、自分たちの心証を悪くして、調査の内容をどうにでもできるから、協力するように。」と言われた旨証言しているが、その場にいた木村、高芝のみならず、稔もそのような会話があったとの証言をしていないことに照らすと、岡村の右供述は直ちに信用できない。

二 任意調査において収集した資料の強制調査への流用について

弁護人は、本件税務調査において収集した資料が強制調査にそのまま流用されており、憲法三五条、三八条、法人税法一五六条に違反する違法があると主張する。

しかし、法人税法一五六条は、税務調査中に犯則事件が探知された場合に、これが端緒となって収税官吏による犯則事件としての調査に移行することまで禁ずる趣旨とは解されない。そして、第七回公判調書中の証人河田稔の供述部分、前記木村、高芝証言によれば、河田ら高松国税局調査査察部税務職員は、本件税務調査後の平成五年四月二日ころ、木村ら同国税局資料調査課職員から、被告会社につき相当額の売上げ除外が見込まれる旨の情報を得たこと、その際、税務調査の資料を引き継いだことはなく、調査査察部が同年五月一一日に実施した強制調査の令状を請求するに際し、その疎明資料に必要な範囲で右資料のコピーを得る程度にとどまったこと、さらに、強制調査に際しては、資料調査課が入手していた資料を改めて押収する手段をとっていること、同年五月中は、未だ被告会社の関連会社の資料調査課による調査が続いていたことなどの事実が認められ、本件において、右の場合を逸脱し、法人税法一五六条に違反するような事実はなかったと認めることができ、弁護人主張の違法は存しないというべきである。

第三 以上に認定、判断を示したとおり、結局、本件各証拠については、その証拠収集過程において、証拠能力を否定するまでの重大な違法はなかったと認められ、証拠として採用することができるので、これを採用し、取り調べることとする。

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